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紫陽花とピクトリアズム

雨。
台風の影響で梅雨前線が活発化したとのことで、結構な降りでした。

ここしばらくは紫陽花を撮ることが多かったので、一息ついて写真史を少し復習。

今日は「ピクトリアズム」。

写真史を少し紐解くと、乾板写真の導入によって写真の裾野が少しひろがったころ、世界的に起こったムーブメント「ピクトリアリズム」。

写真の成り立ちが絵画、特に印象派との密接な関係のため、撮影者もさることながら、鑑賞者たる大衆がピクトリアズムな写真を求めました。
写真は新しい技術だったため、当初は絵画表現を下敷きにして表現手法を蓄積していった経緯は理にかなっています。

ピクトリアズムを簡単に説明すると、絵画的表現を指し、リアルな質感というよりかはまるで水彩画のような、やわらかでふんわりとした描写を第一の教義とした写真です。

日本では大正から昭和のはじめまでが流行した期間です。

ピクトリアズムを意識した写真を鑑賞するとき、居心地のよい気分を感じるのはそのようなことも要因としてあるのかもしれません。
現在、インスタやFB、Twitter等SNSに目を向けると、僕が感じたようなことを求める撮影者が思いのほか多いことに驚かされます。

人々はストレスの高い画像・イメージを求める一方、ストレスの少ない絵画的なのような写真に癒しを求めているのかもしれません。
20世紀の初頭にこの「ピクトリアリズム」ムーブメントは最高潮に達しました。
しかしその後、「絵画的でなく、写真表現独自のあり方を探ろう」というモダニズムの台頭とともに忘れ去られたかのように思われていましたが、いまなおその魅力は失われていません。

実際のところ、現代を生きる私たちも、スマホやデジカメ、フィルムカメラで写真を撮ることに夢中になっているの今でも「ピクトリアリズム」的作品が大量生産され続けています。
私の先日アップした紫陽花もそんな写真ですね。

今の写真学校ではどのように教えられているか分からないのですが、私が写真学生だった頃はこの「ピクトリアズム」は表現は悪いのですが、軽蔑の対象だったように思います。
なので絵画調な写真で作品制作を行うとすこぶる評判が悪かったですね。

たぶん当時の写真学校教育(美術系学校ではない)は「写真は絵画の亜流では無い」教義が強すぎたのでしょう。もしくは土門拳イズムに汚染され過ぎ(笑)。

なので、国内では画家や彫刻家など美術家が作品制作された写真は評価が不当に低かったように思いました。

でも、自分の求める作品像をどのように表現するのかが大切であって、表現手法には優劣はないはずです。
私が学生だった30年前ならいざ知らず、だれもが自由に、それこそ万人が総カメラマンの現在は、写真による絵画的表現手法を追求するのも楽しいかもしれませんね。

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「雨色の紫陽花」 Olympus E-PL1 / RICOH XR RIKENON 50mm F2 ASPH.

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